親指 |
西翼・竜首 |
帝都 |
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西方 | 大河・草原・湿原 |
オルディネ |
帝政 |
バスティア王家 |
オルド人 |
なし |
皇帝ジュリアン |
アウス系 |
大陸西側〈竜の西翼〉に位置する帝国は風のごとく力をいなして発展してきた。国家元首はジュリアン・バスティア皇帝 。モットーは政教分離。 大昔はミアナハ神国に隷属する小さな都市国家の集まり だったが、一人の諸侯バティスト・バスティア氏がそれらを吸収して大陸一広大な領土を獲得。いまや〈竜の頭〉の支配権を有するまで成長し、武力・魔力・経済力すべてを兼ね備えた大国として名を馳せる。 主要民族はオルド人 、一部は青腹ニエマイアの子孫・青牙族 の流れを汲む。
現在の支配者は徹底した実力主義を掲げるバスティア皇家 。 彼らは能力の高い人間を身分・宗教・国に関係なく登用することで巨大な領地を保ち続けている。いわんや皇族といえど数多の養子から選ばれた実力者がその名を継ぐだけ、バスティアの名を冠する一族同士でも血の繋がりを持つ者は少ない とされる。 しかし、実力ある者を身内へ招き入れる習慣、それすなわち外部の人間が混じ入るということ。彼らは必然的に多民族国家を形成 した。そのため法律の整備もいち早く押しすすめられてきた。オルドーグ帝国は直近戦争の戦勝国 ということもあり、竜涙の戦い以降、人口増加が進み、国際的な気風に磨きをかけている。
帝都オルディネは流線的、優雅ながらも実用性に富み、余計な物をそぎ落とした美しき都として名高い 。 片や、縫製職人など機械仕掛けを要する分野を先駆ける国でもあり、職人街は政府主導の整備が届かぬ、混沌極めしスチームパンク街となっている。 これらに加え、今は亡きクロヴィス先帝は生前、帝都を綺麗に区画分けをして実用性を高めた。そのため帝都は自然発生した町並みではなく幾何学的な構造をしている。中でも力を入れて整理された区画のひとつ、帝都各地のメルカトル地区と呼ばれる商業優遇地区 では非課税・月一市場開催・カーニバル開催など様々な政策が施され、大変な賑わいを見せる。 そんな都内には法遵守を呼びかける〔帝都騎士団〕が巡回 し、日々治安に目を光らせている。
帝国には国の定めし宗教が存在しない 。宗教には心をつなぐ力があるが、他民族国家において多くの信仰、教示、宗派が混在する中で特定の宗教への改修を求めることは市民の人心掌握に不合理だと判断したゆえだ。 代わりに彼らは多くの賢者や異邦人の手を借りて編まれた「帝国法」持つ 。厳格な法整備は皇家にも適応されて、政治的判断に当たっては厳格な政教分離を推進する。 そんな背景がある一方、現存する大陸国では唯一信教の自由が保障されている国 でもある。 凡ての国民に対して厳しい宗教統制を敷いていた時代から一変、ジュリアン皇帝即位以降は「法さえ守れば好きな神を崇めて構わない」として個人の思想を認めている。
帝国がまだミアナハ公国の前身・神国の支配下にあった小国時代の話である。 西翼に住むひとびとが神国王家を虐殺する事件 が起きた。これにより当時の神国ステッラ王朝は滅亡、王家の血が断絶したことで、代々宰相を担ってきたルチア筆頭公爵家が国の統治を引き継ぐこととなった。 かくしてミアナハ公国の誕生である。 その後、西翼の民と公爵家で交わした不可侵条約――互いに〈竜の頭〉以外の土地へ踏み込まないという条約を結ぶ も、双方監視を続ける冷戦状態が続き、冷え切った関係は数世紀にも及んだ。 だが西翼に帝国が興り、第一期帝国紀へ入ると事態は一変する。恨みを忘れていなかった公爵家が皇帝率いる帝国兵を密林へ誘い込み、袋叩きにして、壊滅寸前まで追い込んだのだ。 猛攻にあわや滅ぼされかけた帝国。しかし当時の異邦人シャフト〈7〉の介入で復讐に燃える公国を説得 、帝国は黄金郷の支配権を捨て、細々と存続していくことになった。 かくして邪魔者を排した公国は繁栄を極め、帝国の影は薄れ続けていった――時代の寵児ジュリアン・バスティアが現われるまでは。 なお現在は良好な国際関係を保っている模様。
馬の大国、大河の国 ――命を繋ぐ二つ名がつけられるほど緩やかな自然は、人々が暮らすのに最適である。発展の切っ掛けは竜頭より流れ出るコーラシュ大河。広大な領土は四地域に分割 される。東部 は湿原地域の「青き鱗の苗床」中部 は商都の影響力が強く歴史の長い「南方農耕地域」中部 は帝都や新興地域による影響力が強い「北方工業地域」北部 は大草原地域の「エタル平原」 これらが河川で結ばれて一つの国家を成す。
「湿原」は美しい自然に囲まれている。竜頭から流れ出す「命の川」 は豊富な栄養を含み大陸生命の苗床となっている。未確認の生命も存在しているとされるが、事実、青角もこの地へ姿を隠していた過去があるため、あながち眉唾とも言えない。
「北西」は帝都の影響力が強い地域 である。河川はコーラシュ大河から流れ出る第一支流、第二支流を有す。 帝国支配域では人口最多地域でもある。都内の人口を支えるため多くの工場が林立しては、森を燃料に稼働させるスチーム なる機械類が目に付くだろう。 また人口増加に伴い、住処を求める人が増え、西海岸を埋め立てたことでも有名。貧民は工場の並ぶ都内や町に、富裕層は新興地域へと移り住んだ結果、西海岸側の隆盛が目立つ ようになった。 「南東」は「命の川」近くに位置する農耕地域である 。豊かな土壌は様々な農耕に適しており、国内外の食糧庫の役目を果たす。 一方で、ここは古くから発展していた地域である。そのため商都の影響力が強い が、かつて北西の新興地域発展により衰退の危機に瀕していた。そこで当時の皇帝は「クロヴィス第三支流」を作った。これにより帝都を介さずとも直接コーラシュ大河へ通行出来るようになり、黄金郷〈竜頭〉との行き来が盛んになった。 船業で栄える帝国において木材調達が生命線である。豊富な資源を有する黄金郷から南方 だったのだ。 以前は黄金郷に頼り切っていた帝国だが、連邦による竜頭侵略以降、近場スイィ山脈を利用しようという試みも始まっている。造船工場 へ河川を利用して木材を運搬出来ることが今後の生命線
「大平原」は黄金郷隆盛の時代から住まわる先住民、騎馬民族の支配域 であり、牧畜や馬の育成が盛んである。彼らは、かつて西翼まで勢力を伸ばそうと画策した神国に従わず、独立を主張した好戦的な民族だ。彼らは馬上戦を得意とし、剣技の達人としても恐れられている。そのため現帝国でさえおいそれと手を出せずにいるが、独自の文化が残った結果、帝国の発展へ一役買うことになった。 現在は帝国側がそれぞれの生活を認め「優馬貿易」を通して共存 している。更に優れた剣技は国内外で重宝され、帝国お抱え騎士団の師範代には騎馬民族出身が少なくないという。 また、この地でもうひとつ重要な地域。それは主人公セルジュ が暮らすトスツィ村 である。主に羊や牛の放牧を中心に、湿原の湿度と平原の乾燥気候がかみ合った良質な綿花栽培が有名だ。 だが村には古い古い遺跡があるのみ、帝都の人間にとっては左遷地域と認識されている。
小さく地図に載る閑散とした寂村――それがトスツィ村 である。 帝都一般市民にとっては左遷地域である一方、皇室にとって重要な意味を持つ場所 として密かに守られている。 この地は、主人公セルジュが暮らす他、宮廷職人として召し上げられたイングラムの修繕工房や、薬草学の大家モラン家所有の薬草院、竜が天翔けた旧き御代の記録を残す墓がある。 「静か」という名の由来通り、あたりに響くのは鍛冶職人が鎚を打つ音、機織職人が機を織る音のみ。昼間だというのに人の声はほとんど聞こえない。夜になり、仕事が終わると微かな話し声がひっそり静寂の帳を破るが、手仕事一筋に生きる彼らは一息つくと再び仕事に取りかかり口を閉ざす。 その一角、墓と隣り合う小高い丘にひとつの「工房」がある 。覗くと変哲もない革製品ばかり、目立ったものは見当たらない。しかし不思議と帝国軍人・貴族風の異国人・金回りの良い商人や小奇麗な客が立ち寄るのだ。 工房の正体は――魔力の糸を編み、使用者に合わせて修繕・改良して縫い合わせる「魔導書修繕工房」 であった。
主産業は紡績 。質のいい綿と毛を材料として紡績職人が多く集う。それに伴い革職人や家具を修繕する木工職人などが意外に重宝される。 ほとんどの住人は互いの製品・作物を必要な分だけ物々交換して暮らす生活を送っているが、史実によると、古く、トスツィ村は大いに賑わいを見せた村だった 。竜頭にほど近いことでよくよく栄えていたらしい。 だが既に人の往来少なく、本編では「うらびれた村」として記録される。
術者育成よりも数の力を実現できる魔導書は「国防」の面で帝国に必要不可欠 である。 その生産は隣国ガルタフト連邦で行われていたが、生産中止や貿易断絶などの様々な要因が重なって、今や新品を手に入れることは不可能になってしまった。必然的に帝国は古い魔導書へ修繕に修繕を重ね 、ひとつを長く使わざるを得なかった。 そこで誕生したのが魔導書の修繕を専門に扱う職人、もとい縫製師と修理工房の存在 だ。
魔導書の修繕には「特殊な目」と「熟練の技術」が不可欠 である。それらを有した職人が国に認められるとやがて魔導書修繕を依頼されるようになる。彼らは帝国公認技師として相応の地位を得て皇帝に尽くす。国内有数の修繕職人イングラム へ師事するセルジュもまた、公認技師の一人である。セルジュは宮廷に召し上げられた師に代わって工房の留守を預かっている。
魔導書は国家所有物として管理され、国防の要として帝都の各騎士団へ配備される 。とりわけ海角隊と尊ばれる皇帝親衛隊は一人一冊所持しており、有事の際は直ちに修繕しなければならない。しかし後述する理由から、修繕工房は非常に辺鄙な場所に建てられている ことが多い。 そこで王宮には各地から選りすぐりの修繕職人が召し上げられる。職人達に拒否権はなく、奇異の目に晒されながら宮廷で働くという。
墓守が摘み、モラン家が加工し、職人へ納品する――具体的な流れは以下の通り。 修繕職人から村長一家へ素材注文が来る。 村長は墓守に伝えて、縫製用糸の材料となる「輝雪花」採取を依頼する。 墓守は必要数を渡し、モラン家は個数と状態を記録する。 モラン家は代々伝わる技術を用いて魔導書に適した繊維へ加工する。 注文された分を修繕技師へ渡す。 また依頼が来る……。 そんなルーティンによって魔導書修繕業と修繕工房は成り立っている。
セルジュが留守を預かる縫製所「蹄嶺工房」は帝国全土に広く顧客を持つが、そもそも魔導書は生産方法すら明かされていない 。多くの技師や研究者によって解明が進められている中、本編軸までに解明された情報は少なく、魔力の糸 を編みこんで縫製していること 縫い方や糸の選別などで魔導書の特性 が変化すること 縫い込むべき魔力の糸は特異な目 を持つ者にしか扱えないこと 魔力の路が見える目を持つ者がなぜか帝国には一定数存在 すること 職人たちは金色の瞳 をした者が多いこと ……などの情報に限られている。
トスツィ村には大昔から「名も無き墓」が存在する。「墓」と言われなければ分からない普通の岩場 だが、村名の本当の由来はここにある。静かにしないと死者達が目を覚ますぞ という意味が込められているのだ。 外敵から遺跡を守る者、身内を欺き花を守る者。皇帝の名の許、彼等は正体を隠しながら村で暮らしている。
寂れたこの村には連邦の重鎮や帝国皇族が重要視する遺跡 が存在する。一説では、墓地の成立時期は神国時代であるが、「墓下に眠る人物は先史時代の人間」との見方がある。 ともかくも誰かの墓であることから、警備の人間は墓守 という名で通り、勅命により死ぬまで遺跡を守り続ける。 しかし村人達はそういった墓が存在している事実を知らない。よって「名も無き遺跡」「皇族所縁の場所」 程度に認識されている。
墓守は村の里からやってきた「よそ者」である。表向きは地下牢の看守 として、裏では皇帝勅命により死ぬまで墓を見守る守護者 として村はずれに滞在する。 しかし、そんな帝国成立期から絶えず続いてきた慣習にも、ある日契機が訪れる。老囚バラウール脱獄事件である。これにて先代墓守は戦死、以来、新たな墓守がトスツィ村を訪れることはなかった 。 現在は定期的に皇帝親衛隊が訪れ、交代で遺跡警備をしている。
遺跡には遙か太古から、ルアハの花に似た真っ白な花が咲き乱れている。 その花は幼い頃からこの花と戯れに墓を訪れていたセルジュ曰く――ある時期を境に花弁が薄く青み掛かった姿に変化しているという。輝雪花――アルグシュニフ と呼ばれ、帝国各地に点在しているが、こと同遺跡に大量発生している。 アルグシュニフは姿形はルアハに似ているも、魔力を伝導しないことから「似て非なる存在」とされる 。しかし魔導書の修繕に適した繊維素材であるとモラン家が発見して 以来、上層部や技師の間では重要機密に位置づけられている。 なお近々ではアルグシュニフの根に傷を癒す効果があるとの発見もある。
墓守の仕事は、遺跡警備、地下牢の看守、そして花の採取である。 第一に、最も重要な役目は盗人や敵国からアルグシュニフの花を護ること 。遺跡は魔導書の修繕素材を安定して供給出来る地だ。片や遺跡が破壊されれば修繕業に遅れが生じ帝国戦力は落ちる。片や、不当に稼ぐ違法な職人がどこからか聞きつけて素材を集めんと侵入するかもしれない。ただの観光客でも花を踏み荒らしていく可能性がある。 よって、どんな相手からも遺跡を護り、帝国弱体の火種を防ぐため、墓守には親衛隊と匹敵する戦闘能力が要求される 。先代墓守、セルジュの養祖父ガスパロも大層剣の腕が立ったという。 第二に、花の採取の仕事である。輝雪花ことアルグシュニフを勝手に摘むことは帝国法で厳しく禁じられているが、皇帝勅命により留まる墓守は花へ自由に触れることを許される 。よって修繕職人が素材として花を求める時、彼らから依頼を受け、必要数だけ採取する役目を負う。
村長の役目は、花の管理、採取依頼受付、繊維への加工業である。 外敵から守る者がいれば、中から遺跡を守る人間も存在する。それがトスツィ村の村長家系モラン家 である。始めは薬草屋、そこから植物繊維業で名を成した彼らの仕事は修繕職人が使える形に花を加工する繊維業 、かつ輝雪花の使用を記録する在庫記録係 である。 花の採取を唯一許された者が墓守ならば、この村で唯一花の加工を許されているのがモラン家 なのだ。彼らはその立場を利用して花の研究を進めるよう命令を受ける。とりわけ村長孫娘〔ティファニー〕は熱心に研究を進め、花自身の性質が変質していると突き止めた。 この事実を国際大陸研究団に報告した結果、コリンナ女史が大公名代として広告から派遣されることになる。
帝国にはいくつか騎士団が存在する。中でも、 ・皇帝親衛隊の「海角隊 」 ・帝都警護中心の「帝都騎士団」 この二大騎士団が市民に馴染み深い存在となっている。
実力主義を象徴する典型例の一つ がこの帝国騎士団である。帝都騎士団は実力を認められれば、どんな血筋の人間でも加盟することが可能 とされている。 彼らは戦いの主力となるべき職業戦士 として日々訓練に明け暮れる一方、平和時は都内を巡回し、郊内外の安全を確保する警護業 を請け負う。立派な剣を携え、長いマントを翻して街を闊歩する姿は「憧れ」というよりいっそ恐怖の対象である。 血統や育った環境が関係ないということは、ならず者にもチャンスが回ってくるということ――その恩恵を鑑みれば騎士という響きからイメージする美しさとはかけ離れた集団である点にも、多少は目を瞑らねばならないだろう。
帝国と公国には、両国和平同盟を結んだ際に結成された「盟軍」と呼ばれる組織 が存在する。 これに所属する者は帝国・公国の出入国に制限を課されず 、さらには緊急時に軍を動かす権利 を一時的に譲渡される。自由な活動を保証された盟軍は高い地位にあるが、しかし両国間では多少扱いが異なってくる。 帝国における盟軍は、皇族護衛と対内的活動を主とする最高位の騎士団 。またの名を「海角隊」 ――海の果てを意味する単語通り、いつなんどきでも素早く主の許へ馳せ参じる皇帝親衛隊 である。皇族身辺警護は無論のこと、時に公国盟軍〔地角隊 〕と渡り合う皇族名代 としての責務も求められ、作法や知識、対人スキルや宮廷ダンスの教養 も身に着けている必要がある。 彼らは通常騎士団と比べて市民と接する機会は少ない。そのせいか、貴族制度が撤廃された帝国において一種の貴族的特権階級 と見做す者もいる。 構成員のほとんどは帝都騎士団から選抜されている。 また、限りある魔導書を活用する帝国において、通常は団長しか所持を許されない魔導書だが、親衛隊は全員が魔導書を所持する「ホルダー」 である。
帝国の騎士は防御魔法を得意とし、「攻撃をいなす魔法」と「魔力の流れを断ち切る魔法」とを使い分ける 。これらは敵の魔法を躱すのに適しており、大魔法相手でも生身で挑むことが可能になる。風の障壁に守られた屈強な身体は敵にとってさぞや恐ろしく映るだろう。 しかし帝国の戦いは、基本的に隊列維持による陣形戦闘が主である。とりわけ戦場で肩を並べる味方は多ければ多いほど有利に働く。 帝国所有の魔導書は数が限られているからだ。親衛隊以外、みながみなホルダーではないと知っている敵は真っ先に厄介な術者を探し出したい ――もしくは内通者の密告により術者を始末しようと試みるだろう。だからこそ騎士団の者はみな「自分が術者だ」と主張し敵の目を欺こうとする。
帝国馬ブランドは雄大な草原に生育し、屈強かつ巨大、足場の悪い泥地や湿原をものともしない。しかしこれらは誇り高きミアナハ公国の駿馬と同じ血統だ。大陸の優良馬はみな、北方騎馬民族が育てた馬の子孫 だからだ。 西翼が帝国統治下へ入った今も、件の騎馬民族は帝国へ主力馬を供給している。長年優れたブランド馬に恵まれたことも帝国有利の一因かもしれない。
ミアナハ公国の神国駿馬が敵を引き離すための加速装置 として改良されたなら、オルドーグ帝国の駿馬は敵を踏み潰すために改良された戦車 だろうか。 そも西翼地域で興った同盟都市が成長して〔ミアナハ神国〕から独立したのが帝国の始まりであることを考えれば、帝国が神国の優れた騎馬戦術 を受け継いでいるのも不思議ではないが、こうして神国という一つの国から派生した二大国はまったく異なる方向へ発展し、帝国は大陸最強陸軍の礎を築いた。
四季折々、芳醇な大地に育まれた大柄な身体ゆえに、オルド人は生身で戦いに勝てることが多かった。自らの身体に誇りがあった。そんな利点をいっそう活かさんと帝国魔法は「防御」「強化」へ特化していく。
オルドーグ帝国では魔導書によって魔力への扉が開かれる。この本は連邦魔術師〔牙使い〕と力源を同じくし防御関係に優れた力を発揮する 。騎士達は魔力を我が盾とするべく魔導書に祈り 、未知なる力を持つ敵のまっただ中へ果敢に突撃していく。
帝国における魔法史は、「金眸の民」と呼ばれる人々から始まった。 古来、西翼地域には「魔法の流れ」を視ることが出来る異形の人々 がいた。彼らは呪われし「金眸の民」の末裔として迫害されていたが、同時に、帝国の守りを支える軸でもあった。かの民らは力を無理やり使うのではなく「流す」、力を作り出すのではなく「引き出す」――すなわち竜大陸に住まうすべての物体へ宿るとされる魔力を読み、補強し、生き物を強化する方法を持っていた。 その一部が戦艦のコーティングや建築材の補強など建築関係の補助等だが、当初はまだ魔法は「視える者」だけが使える特殊な力だった。 しかし隣国たちが強力な魔法で領土戦争を始めるようになると「視えざる者」も同じ力を行使することを望んだ。それを可能にするために導入されたのが魔導書制度 である。 帝国軍は魔導書の糸に込められた力により、いなし、躱し、鍛え上げた肉体で敵陣へ突っ込んでいく ――苦節を経て帝国魔法は白兵戦や防衛戦に特化していき、馬上で闘う騎士の国ならではの新しい戦術を花咲かせた。
オルド人は魔法を無力化し生身の戦いへ持ち込ませる術を研究していた。 連邦が魔法分野に特化しあらゆることに適応させていく一方、魔法をいなし、肉薄してしまえば我らに勝るものはないと自負した帝国 は自分達の強みを残したまま、魔法を部分的に活用すべしと考えた。 そこで考案されたのがバリアや障壁を主とした防御魔法、いわく「他国の魔法を遮断する方向」 に特化させた方法だった。要するに魔法で相手を攻撃するのではなく、魔法を使って相手のそれを封じ、自分たちと同じ土俵へ引きず下ろしたのだ。 魔導書から生み出された障壁は、戦いに参加する騎士に、ガルや羽根持ちの炎を防ぐ障壁を張り、もしくは巨大な攻撃魔法を無効化するエネルギーを保ち、屈強な騎士達が最も能力を発揮出来る戦況を作り出した。その甲斐あって彼らは少しずつ世界の情勢を変化させて多くの戦いに勝利していった。
魔導書を使えば「魔力を視えざる者」でも魔力の流れを読むことが出来る 。つまり魔法攻撃から身を守りながら生身のまま戦うことができる。 特に有用なメリットは、 魔力適性に関係なく誰でも使用可能であること 陣形組み集団で使えば使うほど効果を発揮すること 防御に特化して馬術、剣術といった身体的強みを活かせること など戦争におあつらえ向けな長所が挙げられる。
魔導書はガルタフト連邦の「牙玉」と同じ成分を用いて作られている ため連邦国内でのみ製造可能な代物だ。しかも二国間貿易が断絶している現在、新たな書を仕入れることは非常に困難といえる。 更に連邦内でも牙玉の製造方法はゾイ王家のみに伝わる秘伝 であること、魔法を生身で使える人間にとって魔導書は使い勝手が悪いことなどが重なり、製造そのもの中止となってしまった。そのため魔導書は大陸内で希少性が上がり、好事家や各国軍の間で高価な値段で取引されるようになった。 本編現在、帝国は連邦で廃棄予定だったものを密輸している。 資産家ないし、地位のある者しか手に入れることが出来ない魔導書は、皇帝親衛隊の〔海角隊〕や職業軍人の各騎士団長など、国防に関わる者へ優先的に継承されていく 。それらの力は主に平和を脅かす連邦から本国を守るべく行使されるものだ。だが、魔導書を所持すること、それすなわち高貴な身分を示す一種のステータス となり、所有者たちはホルダーと呼ばれるコミュニティ を形成している。 海角隊が特権階級扱いされる理由のひとつでもある。
戦闘中は、いち小隊につきランダムに選ばれ、定期的に組み合わせが変わる二人組の術者が魔導書を行使する戦法 が多くとられる。 節目節目で術者を交代する理由はふたつある。 ひとつは、前述した通り「敵の目を欺くため」である。 もうひとつは、「長期戦を見越して魔力を温存するため」である。 彼らは小隊内で少しずつ力を使い、次の順番が回ってくるまで魔力を回復させておく。万が一術者が倒れた場合はあらかじめ組んでいた順番に従い次の者が術を起動する。 騎士団は魔力抵抗を最もいなせる形の隊列を組み移動して戦う 。その様はまさに水を得た魚群である。 なお皇帝親衛隊「海角隊」全員が魔導書ホルダーである ことは国内外含めて周知されており、「魔法を扱える者が皇帝の傍に数多く居る」という事実がのものが強力な防御壁として機能している。 一説ではジュリアン皇帝もホルダーらしいが、彼が魔法を行使する姿を見た者は存在しない。
魔導書の起源は魔法大国・ガルタフト連邦と同じ――これが事実ならば魔導書は多大な力 を秘めている。その仮説を裏付ける存在が帝国には存在する。帝国領全土に巨大な障壁を張る役目を持ったアイソレーター〈絶縁〉 という異能者である。
魔導書の原産ガルタフト連邦では、才覚ある魔術師は、魔力に付随してとある方面へ特化した異能 を持つ。 アイソレーターも〈絶縁〉、つまり魔法を遮断する異能者の呼称 だ。
通り名 | 異能 |
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アルケミー 〈錬金〉 | 物理創造を自在に行う ミハリスなど |
モーメント 〈一閃〉 | 直感力や記憶力に優れる ミレーヌ姫 |
トランシェント 〈無常〉 | 誰にでも好かれる バラウール |
インフェクション 〈伝染〉 | 他者の思考を侵食する アリアドネ女王 |
アイソレーター 〈絶縁〉 | 魔力の流れを阻む シャルディニー家 |
センサー 〈感知〉 | 魔力の発生位置を察知 多紀 |
様々な異能がある中で、取り立てて異質な力と認識されているのがアイソレーター〈絶縁〉である。 物理的に何かを破壊したり精神を侵したりと大部分の異能が能動的に変化を与えるもの であるのに対し、アイソレーター〈絶縁〉やセンサー〈感知〉などは、遮断・感知と言った「魔力の流れを読む」方面に特化。あくまで受け身の力であるため、連邦内では重要性が低い。 しかし北東の魔術師〔牙使い〕による侵略行為が深刻化してくるとアイソレーター〈絶縁〉の力は各国が生き残るために必須な力 となった。そこで帝国や公国はかの力を持った者を優遇し、血の壁――国の護りとして要所へ配置した。 本編現在もソラス・ナ山脈以西の各国に数人ずつ配備されているという。 殊に、帝国ではアイソレーターも魔導書を併用 して威力の増強に努めている。かの国が覇権を取った所以の一つである。 なお〔竜頭領主〕が誇る異能〔センサー〕もアイソレーターの一種と捉えられている。
アイソレーターの力は通常術者と比較して数百倍規模の強度と大きさを誇り、精神を侵す異能さえ完全に遮断 する。 障壁を張る、防御に特化、という点において騎士団のホルダーとアイソレーターは似通っている。異なるのは、力が及ぶ範囲・規模 だ。通常の騎士が障壁を張ることが可能な範囲は、複数人から小隊規模。精神的な力を使われた場合等はすり抜けてしまう可能性もある。 しかしアイソレーターは完璧な障壁を作り些細な魔力の道筋も見逃さない。これは適正者(魔力の流れを元来読める者)が魔導書を使えば連邦に匹敵する力を引き出せる ということの証左だ。
魔導書の力を最大限に引き出すのは、連邦術者に匹敵する知識、魔力、練度といった高度な適性が必要 となる。 視えざる者――大衆向けに導入された魔導書だが、元来それを作ったのは魔法へ最も特化したガルタフト連邦。となれば魔導書に底知れない力が秘められている事実 は容易に想像できる。 しかし眠る力を引き出すことは誰にでも出来ることではない。上述の他、血筋や才能、魔法の本質に対する理解の深さも関係あると言われ、連邦学都で訓練を受けていない者には茨の道だ。 これまで幾多の戦いを防いできたアイソレーターたちも、血筋を辿れば連邦魔術師一派〔反王党派〕の系譜に辿り着く という事実も報告されている。
オルド人は血統で分類される大陸三人種 のひとつである。〔大陸三人種〕とはすなわちミアナハ人、オルド人、ケアド人である。 中でもオルド人機転が利き、先見の明を持っていた 。そのため一度軌道へ乗るとまたたくまに名を馳せていった。
古来〔竜の西翼〕には大きな体躯をした屈強な人々 が住まわっていた。その逞しい親指を称して「オルドーグ(親指)」と呼ばれるようになれば、自ら「オルド人」と名乗るようになった。元々人口が多かったこともあってか、いつしか彼らは帝国大半を占めるメジャーな民族となった。そして戦場だけにあきたらず、様々な戦いに勝利したという。 商売もその一つ。実利主義なオルド人が作ったオルドーグ帝国は早くから流通の力を信じ、商人を優遇 して大国へ成り上がった。
一般に竹を割ったような性格、飾らぬ物言いを好む傾向 がある。 身体的特徴は比較的明著で黒髪ストレート、長身で広い肩幅、大きな手 など戦士向きの体躯をしている者が多い。筋骨逞しい彼らは戦場で出会えば恐しい存在だろう。
大民族を自負するオルド人、そんな彼らをうらやむアウス系――これが帝国の現況だ。 このアウス系とは多民族構成によって成り立つ下町の帝国民 を指す。彼らは帝国が産み落とした負の遺産だ。かつて、かの国が実力主義を掲げると、一攫千金を狙った人間が大量に帝都へ流れ込んだ。成功する者もいたが、 それほどの実力でなかった者、あぶれた者は貧困街へ身を落とした――この貧困層が膨れあがり出来上がった多民族系 がアウス系の人々だ。 戦争に乗じた移民が多く、大半が傭兵だった ことからその意の「アウス」と呼ばれている。
世代が浅いこと、大陸各国から様々な人種が混ざり合ったことから民族的な統一性は見受けられない 。だが一様に投げやりで快楽主義者的な表情が目に付く。 集落はみすぼらしく、戦争負傷者や帰国資金を稼げなくなった元傭兵が鬱々とその日暮らをしている。成り立ちから見て彼らの歴史はせいぜい四十年 ほどか。しかし二世・三世が生まれた近年はオルド人と異なる独自文化 が形成され始めている。
実力主義を主張するオルドーグ帝国は弱肉強食が文化基盤にある 。帝国上位国民であるオルド人にとってアウス系は敗者 に位置する。 よって彼らの貧困は必然。手を差し伸べる必要性も見いだせない。自業自得だから差別する、しかし差別されるとまともな職を得られない――。 負の繰り返しだった。 だからこそアウス系民族が帝国社会の底辺から自力で這い上がることは不可能だった。帝国が実力主義を唱い能力があればどんな人間でも重用すると公言していても、政治を動かす人間がオルド人に偏るのは当然だったのだ。 そんな実情があるにも関わらずアウス系民族の人口は増え続けた 。侵略戦争中はまだ需要があった傭兵仕事が終戦と共に激減したため である――もしもこれが〔ミアナハ公国〕であったなら国内の立て直し要員として大いに需要があったろうが、戦争は運良く帝国領土外で行われ、国内被害は最小限に留められていた。
平和な時代に馴染めぬ傭兵達がアウス系街へ雪崩れ込むにつれ、人口は確実に数を増した。やがてその中には上位市民であったはずのオルド人も見受けられる ようになった。 彼らは元高官だったり国軍の負傷兵だったり様々だったが、一攫千金を狙い、学がありながら傭兵となった者も多少なりいた。むろん、大抵そういう輩は終戦後も上手く立ち回り、国へ帰るか、帝国で別の仕事にありつくかしていたが、傭兵気分が抜けず放蕩した結果、無一文になった教養人もいたという。 かくして身を落としたオルド人たちは口を揃えてこう言った。「あれほど軽蔑していたアウス系と同じ、地へ堕ちた自分を、 堕ちた自分たちを救おうとしないエリート達を許せない」と。 そんな時、連邦反王党派の人間が武器を斡旋し始めた。見境がなくなっていたオルド人は飛び付き見る間にリーダー格となる。かくて貧困街を仕切るようになった彼らは言葉巧みに残りのアウス系を取り纏め、下層街での結束を固め始めた。 ここにおいても「オルド人が支配し、アウス系が支配される」 という形式は変わらず続くのだった。
帝国の前身は商人や職人たちが作った同盟自由都市 であった。 元々商人の力が強い西翼地域――その結束は小さな国を帝国までのし上げた。しかし彼らは当初〔ミアナハ神国〕に臣従していた歴史がある。
最初に得た土地は神国王家と契約を結んだ都市およびその周辺地域 だった。その際、 神国へ一定の高額献納をすること(領主への献納は免除) 神国法に沿う明文法を持つこと 神国が戦争する時は人を出すこと という条件を突き出された。しかし「これらを遵守すれば自由に統治してよい」として自治統治権も得た。
オルド人は神国の圧政を逃れて自由都市へ逃げ込んだ農奴を積極的に保護、農奴解放運動を推し進め た。 かつて存在した「農奴が自由都市へ逃げ込んだ場合、持ち主は彼らを取り返すことは出来ない 」という慣習を利用したのだ。当然のこと元・農奴たちは喜んだ。都市が提供する土地は住み慣れた田舎と同じ。むしろ更に大幅な自由が与えられ、賃金も得られる――この政策は成功を収め、働き手たる人口がどんどん増加した。 巨大な自由都市がいくつも形成されると、各都市は互いに同盟を結び、親元であるミアナハ神国の統治を圧迫するようになった。やがて自由都市もとい同盟都市は一つの都市を中心に連合しバルバル小国 と名乗る。そして支配国であったミアナハ神国へ独立を迫るようになった。 この要求に対し神国は快諾したという。経済で独立せども、武力において敵わぬ同盟都市はこれからも神国に隷属せざるを得ない と見抜いてのことだった。
小国がミアナハ神国に属していた頃、彼らの流通事業は神国国庫を支える重要な資金源 であった。だが、いつしか形ばかりの独立を厭うたオルド人。彼らは大陸東域〔ガルタフト連邦〕を支配していた〔白翼の反王党派〕から助力を得て、神国王家を虐殺することを決意。神国ミアナハ=ステッラ朝を急襲 して根絶やしにすると、ついに軍事的にも独立 を果たした。
しかし甘い話には必ず罠があるもの。神国王家虐殺からのシナリオは、すべて〈竜の西翼〉および〈竜の腹〉と〈竜の背〉をまるごと乗っ取ろうと画策した連邦反王党派の企み だった。 謀りに気付いた都市国家は焦燥した。まんまと罠にかかったのだ。だが、ちょうどその頃連邦内で内乱騒ぎが起きる 。それに乗じて、反王党派と敵対する王党派へ協力を要請、反王党派を東西で挟撃することに成功した。 かくして同勢力を国内から追い出したが、これを機に連邦反王党派との確執は決定的 となった。しかし運よく、ガルタフト連邦では内乱処理に手間取り、バルバル小国へ反撃出来ない時期が続く。その隙にオルド人は着々と力をつけ、帝国と名乗るまでに成長した。